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長崎地方裁判所 昭和23年(行)22号 判決

原告

小西外史

被告

大村市松原地区農地委員会

長崎県農地委員会

主文

原告の請求はいづれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担する。

請求の趣旨

大村市西ノ鄕字鏡山二千百十七番畑三畝二十七歩について、被告松原地区農地委員会が昭和二十二年十月一日爲した農地買收計画決定及び被告縣農地委員会が同年十二月二十七日爲した訴願却下の裁決は、いづれもこれを取消す、訴訟費用は被告等の連帶負担とする。予備的請求として、前記農地のうちその周囲に植栽してある茶樹の生立せる部分に対する前記買收計画、並びに訴願却下裁決を取消す。

事実

原告訴訟代理人は、請求原因として、

原告は本件農地の所有者で昭和九年来肩書地に居住して農業を営み、原告家に於て数十年来引続き本件農地を自作して来たのであるが、昭和十二年八月原告が応召出征したため已むを得ず賃貸借契約によつて一時訴外森某の耕作に供していたところ、昭和二十二年七月復員帰郷し農業に專念することとなつた。そして本件農地の周囲には原告所有山林が、又畑地周辺には同じく原告管理に属する茶園があり、本件畑地耕作に必要欠くべからざる潟地が同じく本件土地の上部にあつて、原告の自作を最も適当とするばかりでなく、原告は田四段畑三反を自作する程度の極めて狹少な耕作反別で祖先伝来の由緒ある農地として忠実に管理しようとしているのに対し、小作人森は広大な農地の所有者で裕福な生活を営んでいるのだから、自然本件農地の耕作をおろそかにする傾向があり、原告をして自作せしめるのが最も妥当な措置と謂はねばならない。然るに被告大村市松原地区農地委員会は自作農創設特別措置法第三條第一項第一号に所謂不在地主の小作地として、昭和二十二年十月一日本件農地の買收計画決定をするに至つたので、原告は、同月四日異議申立をしたが却下され、同月二十一日被告県農地委員会に対し訴願の申立をしたところ、同年十二月二十七日訴願却下の裁決があり、該裁決書は翌昭和二十三年二月十八日原告に送逹された。

そこで被告大村市松原地区農地委員会のなした右買收計画は、前記法律第五條第六号に反する違法な処分であつて、又之を認容した被告県農地委員会の訴願却下裁決も違法たるを免れないので第一次にこれが取消を求める。

仮に前記農地全部に対する買收計画並びにこれに伴う訴願却下裁決の取消が許されないとしても、本件土地周辺の茶樹の植栽してある部分については、終始原告に於てその管理にあたり、前記訴外森某に賃貸するに際しても賃貸の目的中から除外していたものであるから、この部分については小作地の中に包含されず別個に処置せらるべきものであるから、右茶樹植栽部分に対する買收計画の決定は違法で、従つて右部分に対する被告地区農地委員会及び被告県農地委員会の買收計画並びに訴願却下裁決の取消を求めるため、本訴提起に及んだと述べ被告等の出訴期間徒過の抗弁はこれを争うと述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、先ず本案前の抗弁として、本件訴は出訴期間を経過して提起されたものであるから、不適法として却下せらるべきである。即ち被告地区農地委員会は、その買收計画を昭和二十二年十月一日樹立し同日から十日間縱覧に供したのであるから、遅くとも右縱覧期間内にこれを知つていた筈である。従つて昭和二十二年十二月二十六日から起算し、既に一箇月又は二箇月の期間を経過して提起された本件訴は、不適法であると述べ、

次に本案について原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、被告地区農地委員会が、原告主張日時本件農地に対する買收計画を樹立し原告からその主張のとおり異議申立があり、次で被告県農地委員会に対し訴願をし、該訴願は却下されるに至つたことは認めるが、その余の原告主張事実は、これを否認する。即ち本件農地は、原告の応召のためその自作地を一時賃貸借の目的とせられたものではない。尚原告の予備的請求原因事実については原告家で茶樹の新芽を毎年採取していた事実だけ認めるが、その他の主張は総てこれを争うと述べた。(立証省略)

理由

原告は本件農地の所有者であるところ、昭和二十二年十月一日被告地区農地委員会によつて自作農創設特別措置法第三條第一項第一号による買收計画決定を受け、その後同月四日異議申立を、同月二十一日被告縣農地委員会に対し訴願を爲したところ、同年十二月二十七日却下の裁決があつたことは、本件当事者間に爭いのないところで、成立に爭いのない甲第一、二号証によれば、右訴願却下の裁決書は、昭和二十三年二月十八日頃原告に送逹せられたことが認められる。

被告等は、本件訴は昭和二十二年十二月二十六日より起算して、一箇月又は二箇月の出訴期間を徒過した不適法な訴であると抗弁するのであるが、行政事件訴訟特例法はその附則第二項によつてその施行前に生じた事項にも適用されるのであつて、同法第五條第四項によれば処分につき訴願の裁決を経た場合には訴願の裁決のあつたことを知つた日又は訴願の裁決の日からその出訴期間を起算することと定められているのであつて、原告は昭和二十三年二月十八日漸く本件訴願の裁決のあつたことを知り、同日から一箇月内の適法な期間内に本件訴を提起したことが認められるので、被告等の該抗弁はその理由のないものと謂わねばならぬ。

次に本案について案ずれば、原告は大村市松原地区内にその住所がなく所謂不在地主であることは本件弁論の全趣旨によつて明白で、本件農地を原告が昭和十二年應召した際手不足のため已むを得ず訴外森〓作に一時賃貸の約旨で耕作せしめたものであるとする、証人辻八千代(第一回)森山松次、上野周太郞の各証言は、当裁判所の措信しないところで、却つて証人森〓作、森サワの各証言によれば、本件農地は原告の先代小西伊十存命中同人から大正十二、三年頃期限を定めず森〓作が賃借小作することとなり、爾來引続き耕作して今日に及んでいることを認定できるので、原告の一時賃貸借を理由とする本訴請求はその他の点について判断するまでもなく、既に失当であると謂はねばならない。

更に本件農地周辺の茶樹の植栽してある部分についての原告の請求については、原告家に於て毎年茶樹の新芽を採取していた事実は被告等の自認するところであるが、右部分を特に本件契約の目的より除外したとの原告主張事実は、これを確認するに足る証拠がないばかりでなく、証人森〓作、同サワ、上野周太郞の各証言によれば、本件畑の周辺に約十余本の茶樹が植栽されているが、該部分とその他の部分とは分割できない状態にあることが認められるので、右茶樹の部分も含めて本件農地全部が本件小作契約の目的に供せられていたものと解するのが相当で、此の部分に対する原告の予備的請求も亦理由のないものと謂はねばならぬ。

果してさうであるとすれば、被告地区農地委員会の爲した本件農地に対する買收計画、及び被告縣農地委員会の爲した訴願却下の処分には何等違法不当な点はないので原告の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れないものと謂うべきで、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して、主文のように判決する次第である。

(林 厚地 永田)

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